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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)243号 判決

原告

五反田基博

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和59年審判第4050号事件について昭和61年7月24日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年10月23日、名称を「監視管理装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和53年特許願第129476号)をしたところ、昭和59年1月10日拒絶査定があつたので、同年3月14日審判を請求し、同年審判第4050号事件として審理された結果、昭和61年7月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月23日原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲

遠隔地点にある各部屋に情報発生器をそれぞれ取り付け、この情報発生器から送信される各種情報を管理室で受信表示して前記各部屋の状態を管理する監視管理装置において、前記情報発生器をその入力に生活情報が加えられたとき動作して前記生活情報を前記管理室に送信する構成とし、前記情報発生器からの次の生活情報が発せられたとき起動し、その情報発生器から次に発生する生活情報と前記起動時の生活情報との時間間隔が所定時間内のときは出力を出さず、以下順次前回に発生した生活情報と次回に発生した生活情報との時間間隔が所定時間内のときは出さず前記時間間隔が所定時間外のときは出力を出すタイマと、このタイマの出力により前記情報発生器が取り付けられている部屋の異常を報知せしめる手段とを具備したことを特徴とする監視管理装置(別紙図面参照)

三  審決の理由の要点

1  本願は、昭和53年10月23日に出願され、当審において、次の拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)を通知し、意見書及び補正書の提出があつたものである。

「本件出願は、明細書及び図面の記載が不備のため、特許法第36条第3項及び第4項の規定する要件を満たしていない。

(一) 請求の範囲では生活情報の種類の限定がないのに対し、図示実施例ではタイマをリセツトする10Vの生活情報とタイマを起動する3Vの生活情報があり、両者の構成が対応しないので、発明の構成がはつきりしない。

(二) 省略」

2  前記意見書は、指摘の点は補正書により明確にした旨のものなので、前記補正書により本件拒絶理由で指摘の記載不備が解消したかどうか検討する。

拒絶理由の第一項について

この項に関し特に補正があるとはいい難い。

補正後の特許請求の範囲には「以下順次前回に発生した生活情報と次回に発生した生活情報との時間間隔が所定時間内のときは出力を出さず前記時間間隔が所定時間外のときは出力を出すタイマと(中略)手段を具備した」とあり、生活情報の種類に限定がなく、すべての生活情報についてタイマでその時間間隔を計測するものが示されている。

ところが、図示実施例は、10Vの施錠情報でタイマがリセツトされ、3Vの開錠情報でタイマがカウントし始めるものであり、すなわち、施錠情報があり次に開錠情報がある場合には、タイマは両情報の時間間隔は計測せず、開錠情報があり次に施錠情報がある場合だけ、タイマが両情報の時間間隔を計測するものである。

そして、これら施錠情報、開錠情報が生活情報の一種であることは、前記補正書にも明記され、明らかであるから、結局、図示実施例は、特定の生活情報と他の特定の生活情報の時間間隔だけを計測するものであり、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものではないから請求の範囲のものと構成が対応しない。

したがつて、本件拒絶理由の第一項で指摘の記載不備は解消していない。

3  以上のとおりであるから、本願は本件拒絶理由で拒絶することにする。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1記載の事実及び同2記載のうち、本願発明の特許請求の範囲は、生活情報の種類に限定がなく、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものであつて、外出を意味する施錠情報も生活情報の一種であることは認めるが、審決は、本願明細書に記載された、願書添付の図面に基づいて本願発明の構成を説明した実施例(以下「図示実施例」という。)はすべての生活情報についての時間間隔を計測するものであるのに、「特定の生活情報と他の特定の生活情報の時間間隔だけを計測するものであり、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものではないから請求の範囲のものと構成が対応しない」と誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。すなわち、

本願明細書には、図示実施例の説明として、「その部屋に人が入ると錠が開錠となるので、この開錠を検知して状態ランプSpを点灯させ在室を表示する。この状態ランプSpの点灯と同時に検出回路Y内のタイマが起動する。そして一定時間、例えば24時間、開錠のまゝが続くと、状態ランプSpは点滅に変わり、かつ、ブザーBzが鳴動する。24時間以内に施錠により閉錠となるとタイマはリセツトされ、再び開錠となつたときセツトとなる。」(第4頁第19行ないし第5頁第7行)と記載されていることから明らかなように、図示実施例では、生活情報の1つである開錠情報によつてタイマがカウントを開始し、次に生活情報の1つである施錠情報があるときまで、その間の時間間隔をカウントする、つまり、室内に人がいるときにカウントすること、そして、人がいなくなつたとき、つまり、外出などで施錠し、その施錠情報があつたときは、それ以後はカウントしないことを記載している。

また、図示実施例では生活情報を3V(開錠情報)と10V(施錠情報)に分けて使用しており、特許請求の範囲ではそれらを一括して表現しているが、本願明細書中の「その部屋に人が居て、しかも一定時間以上生活情報(例えば扉開閉情報、ロツク情報等)が出ない場合に、その部屋は異常と判別する監視管理装置を提供するものである。」(第3頁第1行ないし第4行)、「上記実施例では、開錠をスイツチSwで検知して得た情報に3Vを用いたが、これは他の生活情報、例えば電灯を点滅したとか、ガス栓を開閉したとか、のような情報を用いることも可能である。」(第13頁第20行ないし第14頁第4行、昭和61年6月14日付手続補正書第3頁第8行、第9行)、「なお、この実施例では施錠が行われた後には不在として取り扱う例である。」(右補正書第2頁第7行ないし第9行)の記載に徴すれば、3V、10Vはあくまでもそこに示された1つの例として使用されていることは明らかである。

本願発明の特許請求の範囲を図示実施例と対比し、特許請求の範囲の各構成要件中に図示実施例の各符号、具体的な数値などを示すと、次のとおりである。「遠隔地点にある各部屋(Ⅰ)に情報発生器(x)をそれぞれ取り付け、この情報発生器(x)から送信される各種情報を管理室(Ⅱ)で受信表示して前記各部屋の状態を監視し管理する監視管理装置において、前記情報発生器(x)をその入力に生活情報(3V、10V)が加えられたとき動作して前記生活情報(3V、10V)を前記管理室に送信する構成とし、前記情報発生器(x)からの生活情報(3V)が発せられたとき起動し、その情報発生器(x)から次に発生する生活情報(10V)と前記起動時の生活情報(3V)との時間間隔が所定時間(24時間)内のときは出力を出さず、以下順次前回に発生した生活情報(10V)と次回に発生した生活情報(10V)との時間間隔が所定時間(24時間)内のときは出力を出さず前記時間間隔が所定時間(24時間)外のときは出力を出すタイマ(TM)の出力により前記情報発生器(x)が取り付けられている部屋の異常を報知せしめる手段(Bz、Sp)とを具備したことを特徴とする監視管理装置」。

審決の前記判断が、図示実施例において特定の生活情報(開錠情報3V)と、他の特定の生活情報(施錠情報10V)の時間間隔だけを計測しており、施錠情報10Vと開錠情報3V間の時間間隔を計測していないことを指しているものとすれば、図示実施例が施錠後は不在となる例であることを考慮せずそれを見落したものであつて、図示実施例では開錠情報、施錠情報の順に用いているが、これら以外の扉開閉情報、ロツク情報、電灯点滅情報、ガス栓開閉情報など、人が在室していることを示す情報であれば、施錠情報に限らず前記いかなる生活情報でもよいことは、本願明細書中の「しかも一定時間以上生活情報(例えば扉開閉情報、ロツク情報等)が出ない場合に」(第3頁第1行、第2行)、「さらに、上記実施例では、開錠をスイツチSwで検知し得た情報に3Vを用いたが、これは他の生活情報、例えば、電灯を点滅したとか、ガス栓を開閉したとか、のような情報を用いることも可能である。」(第13頁第20行ないし第14頁第4行、前記補正書第3頁第8行、第9行)との記載を参照すれば明らかである。図示実施例ではこれらの生活情報に開錠情報、施錠情報を用い、この施錠情報によつてタイマをオフにしたにすぎないのである。

このように、図示実施例は、すべての生活情報についての時間間隔を計測している例の1つであるから、審決の前記判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

本願発明の特許請求の範囲は、生活情報の種類に限定がなく、すべての生活情報についてタイマでその時間間隔を計測するものであるが、図示実施例記載のものは、10Vの施錠情報と3Vの開錠情報とを用い、3Vの開錠情報があり、次に10Vの施錠情報がある場合は、その時間間隔を計測しているが、10Vの施錠情報があり、次に3Vの開錠情報がある場合には、その時間間隔を計測しない。

したがつて、図示実施例記載のものは、特定の生活情報(3Vの開錠情報)と他の特定の生活情報(10Vの施錠情報)との時間間隔だけを計測するものであり、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものではないから、特許請求の範囲に記載された本願発明と構成が対応せず、依然として、明細書の記載は不備のままである。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

特許を受けようとする者が特許庁長官に提出すべき願書には、発明の名称、図面の簡単な説明、発明の詳細な説明、特許請求の範囲を記載した明細書及び必要な図面を添附しなければならない(特許法第36条第1項、第2項)が、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(いわゆる当業者)が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載することを要し(同条第3項)かつ、特許請求の範囲には発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載することを要する(同条第4項)。したがつて、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明を実施するための具体的な例、すなわち、実施例を願書添付の図面に基づいて説明する方式で記載する場合には、その記載内容は、特許請求の範囲に記載された発明と構成要件のすべてについて正確に対応するものであることを必要とし、これが正確に対応するものでないときは、その明細書の記載は特許法第36条第3項及び第4項の規定する要件を満たしていないというべきである。

ところで、前記特許請求の範囲に記載された本願発明は、生活情報の種類に限定がなく、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものであつて、開錠情報も施錠情報も生活情報の一種であり、外出を意味する施錠情報も生活情報に含まれることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本願発明における生活情報は、室内に人がいて生活していることによつて生じる情報のほかに、在室を意味しない施錠情報をも含むものと理解される。

そこで、図示実施例記載のものの構成が特許請求の範囲に記載された本願発明と正確に対応するものであるかについて検討すると、成立に争いのない甲第2号証、第3号証、及び第5号証によれば、本願明細書には、「全体の動作の概要を第1図ならびに第3図によつて説明する。(中略)その部屋に人が入ると錠が開錠となるので、この開錠を検知して状態ランプSpを点灯させ在室を表示する。この状態ランプSpの点灯と同時に検出回路Y内のタイマが起動する。そして一定時間、例えば24時間、開錠のまゝが続くと、状態ランプSpは点滅に変り、かつ、ブザーBzが鳴動する。24時間以内に施錠により閉錠となるとタイマはリセツトされ、再び開錠となつたときセツトとなる。」(第4頁第13行ないし第5頁第7行)、「第4図はこの発明に用いる情報発生器xの1実施例を示す回路図である。(中略)端子T1、T2に電源が接続される。これは第1図の電源線Ⅳを通じて行われる。電源電圧VDDが復旧ボタンPB1、抵抗器R8、R5、ダイオードD1を介してトランジスタTR2のベースに加えられるため、このトランジスタTR2はオンとなる。したがつて、端子T1、T2間に抵抗器R1、R2が直列に接続された形となり、これら抵抗器R1、R2による電源電圧VDDの分割電位がトランジスタTR1のベースに加えられる。したがつてトランジスタTR1はオンとなる。これにより端子T3には(中略)直流電位が表われる。例えば電源電圧VDDが15V抵抗器R3が15kΩのとき、端子T3には約3Vの電圧が表われる。そして閉錠にするとスイツチSwがオンとなり、(中略)端子T3には約10Vの電圧が表われる。(中略)このように端子T3には3V(開錠情報)、10V(施錠情報)、0V(断線、呼出非常情報)というように3種の電圧が発生することで、情報を分別して送信することができる。」(第6頁第4行ないし第8頁第9行、昭和61年6月14日付手続補正書第2頁第10行ないし第15行)、「第5図はこの発明に用いる検出回路Yの1実施例を示す回路図である。(中略)施錠されている状態のときは、第4図の情報発生器xのスイツチSwがオンであるため、端子T3には電圧10Vが表われ、これが第5図の検出回路Yの端子T13に印加される。(中略)ノツトゲートINV11の出力は“H”となるので非常ランプApは点灯しない。(中略)ノツトゲートINV15の出力は“H”となるため、状態ランプSpは消灯し、不在の表示が行われる。また、ノツトゲートINV14の出力が“H”となり、これがタイマTMのリセツト端子Rに加えられるので、このタイマTMはリセツトとなり、次のセツトまでカウントは行わない。次に、人が帰宅して開錠すると第4図の端子T3の電圧は3Vとなる。この場合、第5図のトランジスタTR11は依然としてオンであるから非常ランプApは点灯しない。一方、(中略)ノツトゲートINV15の出力は“L”となるため、状態ランプSpは点灯し、在室であることを表示する。また、ノツトゲートINV13の出力が“H”になり、また、ノツトゲートINV16の出力は“H”となつているので、端子T14に15分間隔で“H”のパルスが入ると3つの入力のアンドがアンドゲートAND12でとれタイマTMのカウント端子Cに入力が加えられる。」(第8頁第12行ないし第10頁末行)と記載されていることが認められるから、図示実施例には、10Vの施錠情報でタイマがリセツトされ、3Vの開錠情報でタイマがカウントし始めること、及び施錠情報があり次に開錠情報がある場合には、タイマは両情報の時間間隔は計測せず、開錠情報があり次に施錠情報がある場合だけ、タイマが両情報の時間間隔を計測することが示されていると認められる。

右認定事実によれば、図示実施例記載のものは、施錠情報ではタイマがリセツトされるだけでカウントを開始せず、開錠情報でのみカウントが再開される監視管理装置であると理解されるから、特定の生活情報(3Vの開錠情報)と特定の生活情報(10Vの施錠情報)との時間間隔だけを計測するものであつて、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものでないというべきである。

これに対し、特許請求の範囲に記載された本願発明は、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものであるとは前述のとおりであるから、図示実施例記載のものと特許請求の範囲に記載された本願発明とはその構成が正確に対応していない。

原告は、図示実施例では、生活情報の1つである開錠情報によつてタイマがカウントを開始し、次に生活情報の1つである施錠情報があるときまでその間の時間間隔をカウントし、人がいなくなつたとき、つまり、外出などで施錠し、その施錠情報があつたときは、それ以後はカウントしないことを記載しており、審決が図示実施例は請求の範囲のものと構成が対応しないとしたのは、図示実施例では施錠後は不在となる例であることを考慮せずそれを見落したものであつて、審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、特許請求の範囲に記載された発明がすべての生活情報についての時間間隔を計測するものであれば、その図示実施例もすべての生活情報についての時間間隔を計測するものとして示されなければ、両者の構成が正確に対応していないことは自明であつて、図示実施例記載のものが、施錠情報があり、次に開錠情報がある場合には両情報の時間間隔を計測しない以上、すべての生活情報についての時間間隔を計測するものとはいえないから、両者の構成が正確に対応していないことが明らかである。両者の構成を正確に対応するものとするためには、図示実施例をすべての生活情報についての時間間隔を計測するものとして示すか、あるいは、特許請求の範囲における生活情報を施錠情報を除く特定の生活情報に限定しなければならないのであつて、両者がそのような対応関係にない以上、原告の前記主張は理由がないというほかない。

以上のとおりであつて、図示実施例は、特許請求の範囲に記載された本願発明と構成要件のすべてについて正確に対応するものではないから、本件出願は、明細書及び図面の記載が不備であり、特許法第36条第3項及び第4項の規定する要件を満たしていないとした審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はないというべきである。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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